男の性行動を分析する

男って何? 男の性行動を分析します

男のオナニーは滑稽なものである

小谷野敦著「もてない男」は、エッセイという形を取りながら、思いのたけを奔放に語った奇作である。全体を通して思想的なものは見えてこないが、所々に面白い話題が散りばめられている。

 

自慰論と称して、著者のオナニーを例に分析する。射精を目的とした男のオナニーは、思春期の頃が一番気持ち良いという書き込みをネットで多く認めるが、著者の体験を読むとうなずける。

 

「十代後半から二十代にかけての男のオナニーというのは、ヌード写真やアダルトヴィデオを『おかず』として用いるが、オナニーのし始めというのは、必ずしもそういう形を取らないのではないか」と言う。

 

「小学校の校庭などに何本かの鉄製の棒が立てられているのはご承知だろう。あれを登るのが『棒のぼり』なのだが、小学校の四、五年生頃になると、あれを登っていて、 ミョーな気分になる。何だか恥ずかしいような、気持ちのいいような。上まで登り切っ て降りてくると、その気分を昂進させたくなって、また登る。三回位繰り返すと、要するにオルガスムスが訪れて、頰が火照るのを感じ、何だかすごく恥ずかしい気分になって終わる。」

 

この文章で特筆すべきことは、「頰が火照るのを感じ、何だかすごく恥ずかしい気分になって終わる」という表現だ。頬が火照るというのは、腰の気持ちよさが頭にふわっと抜けてきて、とても気持ち良かったのだろうなと想像される。滑稽さは微塵もない。

 

そして精通が起こり、射精を繰り返すにつれて、快感は減少するのであろうか。「おかず」を使って、快感を高めようと「あがく姿」が描写される。

 

「誰だかが、オナニーの『 おかず』は、最初はアイドル 歌手なんかの普通の写真、次に水着写真、ヌード写真、アダルトヴィデオ、強姦もの、変態ものとどんどん過激化していって、また普通の写真に戻る、と書いていたが、確かにそうだった。アダルトヴィデオも一時はずいぶん熱心に使ったし、二本借りてきて二時間ぐらいかけて『使用』したりもした。」

 

「『おかず』 ではなく、 オナニー用具というのもある。ヘンリー・ミラー の小説に、『リンゴを使っ たことはあるか』という会話が出てくる。リンゴの芯をくり抜いて中 にポマードを塗り込むのだそうだ。メロンもいいとかいう話もある。ただし、これらは、そのまま使うと冷たくてダメである。煮るとかして温めて使うのが本当らしいが、そんな手間をかけるのもばかばかしい気がする。あと、カップラーメンを使うというのもある。お湯を入れて三分どころではなく、しばらく待って麵が膨れ上がったところでおもむろに『使用』する、というのだが、これは実際にやってみてひどい目にあっ た。まず熱い。大切なものを火傷するところであった。それから下を向けると当然中の麵が汁とともに落ちてくるから、上向きのままやらねばならず、しんどいやら情けない やらで全然オナニーの快楽というものがない。」

 

快感を高めるための涙ぐましい努力である。もはや、オーガズムという言葉は出てこない。努力が水の泡と化す姿には、笑うしかないが、本人はきわめて真剣なのだ。

 

そして、男の快感の探求を諦める。

 

「ところでさっきの自慰具の話だが、やはり自慰具は女性用のほうが実用的だろうと思う。ゴム製でも、男の逸物をかたどって、電池式でぶるんぶるん震えるのとか、クリトリス用のピンクローターとか、多彩で、さぞかし気持ちいいだろうと思わせる。」

 

快感の探求を諦めた末に、「男のオナニーは滑稽なものである」と指摘する。

 

「男のオナニーは文学作品のなかではたいてい滑稽なものとして描かれているのに、女だとこうも美しく描かれてしまうものか、と思う。」

 

実際、男のオナニーを滑稽なものと描いた映画は多い。「メリーに首ったけ」で、主人公がキャメロン・ディアスが演じる美女とのデートを控え、性欲を抑えるために、デート直前に一発抜く(射精する)。射精の瞬間に、主人公は精液の行方を失い、耳にくっついた精液は、メリーのヘアジェルになってしまう。この射精には、全く快感の要素がなく、射精の瞬間に主人公は目を白黒させるだけである。見失った精液を追い求める姿は、あまりに滑稽である。

 

また、「アメリカン・ビューティー」では、ケビン・スペイシーが演じる中年男の主人公がオナニーするシーンが印象深い。妻とはセックスレスで、娘の同級生の姿を思い描く。オナニーが当事者にとって死活問題でも、客観的に見ると、無表情で手を動かしてオナニーする中年男性の姿には、違和感しか感じられない。オナニーする主人公の姿が滑稽であるのに対して、主人公の空想の中で広がる幻想の世界は、赤いバラの豊かな色彩で表現されており、息を呑むほど美しい。

 

こうして見ると、男の快感とは、「メロンに性器を突き刺したら、すごい快感が来るかもしれない」とか、「ラーメンのヌルヌル感は、性器にまとわりつくような名器の快感に違いない」とか考えたりする、イメージ上の世界にしか存在しないのかもしれない。客観的に見ると、男がオナニーする姿はあまりに滑稽である。しかし、快感を求めて知恵の限りを尽くす本人にとっては、極めて真面目な話なのだ。

 

もし荒唐無稽な方法を用いて「すごい」快感を求めて、本当に「すごい快感」が得られるのであれば、何も可笑しいことはない。全ては、本人がどれだけ努力しても、いつも男の快感は哀しいほどあっけなく終わってしまうことが原因なのだ。

 

もてない男―恋愛論を超えて (ちくま新書)

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