男の性行動を分析する

男って何? 男の性行動を分析します

エロ動画を使った射精は、男に女への敗北感を植え付ける 強烈なトラウマ!

私は、ごく普通の射精の快感は、女のオーガズムに到底及ばないと思う。何と言っても一瞬だ。そして連続でイケない。これは男なら誰もが実感していることではないだろうか。女の快感に完敗だ。しかし、男が「女の快感に敗北感」を感じていることは、社会から徹底して隠蔽されている。敗北感を明言したのは、森岡正博「感じない男」位だ。これはとても不思議だ。なぜだろう? その理由を考えるにあたり、私の中でどのようにして「女への敗北感」が生まれたかを振り返ってみよう。すると、その感情は「射精の快感がしょぼい」という自己認識と同時に生まれたことが分かるのだ。

 



私は、中高生の時は「女への敗北感」を感じていなかった。その頃、私にとって射精は「気持ち良い体験」であった。射精する直前に、腰の中に気持ち良い感じが広がる。そして、頭にふわっと抜けていく絶頂感がある。気持ち良い時間は、いつもあっけなく終わってしまうものの、最高の瞬間だ。



しかし、ある時に、射精は「しょぼい」ものに変貌した。このような自己認識の変化はどうして起こったのだろうか?



私は、大学に入るまで、エロ動画を見たことがなかった。当時は、エロ本でオナニーする時代であった。大学に入るまで、女が喘ぐことも、絶頂時に男よりも大きな肉体反応を示すことも知らなかった。それが大学に入ってPCを得て、女のオナニー動画を見た。その経験が自己認識を変えたのだ。動画の中で、女は喘いでいた。絶頂時には体をビクッと震わせて、しばらく快感の余韻に浸っていた。しかも連続で何度も絶頂に達するのだ。女のオナニー動画を見ながら、女がイク瞬間に合わせて射精するたびに、自分の肉体反応が女より劣っていることを自覚した。女は、絶頂時にしばらく恍惚とした表情をしている。一方で、男の自分は、射精の瞬間ですら、冷静にエロ動画を見ているのだ。

 

 

もし男の体が、生物学的に、女と同じ快感が得られない作りになっているとすれば、絶望的だ。男に生まれたことを恨みたくもなる。それを否定するために、エロ動画を見て、ひたすら興奮感を高めた。頭が最高レベルの興奮状態になっていると、「きっと今度こそ、最高の絶頂感が訪れる」と性懲りもなく期待するのだ。そして射精する度に、快感はあっけなく終わるのだ。そして女への敗北感を噛みしめるのである。エロ動画を使えば使うほど、射精に伴う腰の気持ちよさは減少し、ふわふわ絶頂感もなくなっていった。



これには落とし穴がある。エロ動画でオナニーをすると、頭の興奮感が強い。そのような状態では、すぐにでも射精したくなり、性感帯の刺激がいいかげんになる。そのため少し刺激で、すぐに射精してしまう。刺激が不足した結果、前立腺の収縮が起こらない。そのため腰の快感や、ふわふわ絶頂感を伴わない「しょぼい射精」になるのだ。「エロ動画の興奮感」に快感を求め、体を刺激する努力をおざなりにした当然の結末だ。



つまり、エロ動画の中の女の絶頂に合わせて射精すればするほど快感が減弱し、「しょぼい射精」という自己認識が作られていくのだ。こうして男は、「女への敗北感」を揺るぎないものにする。「肉体の快感という面で、男は決して女に勝てない」という敗北感だ。女に対する敗北感は、男にとって強烈なトラウマとなって、意識の深い部分に沈殿する。この感情を直視すれば、「なぜ女だけが快感を与えられているのだろう」という不合理に向き合うことになる。その不快感は、女への暴力や性犯罪の引き金となる。これを避けるために、男が感じる「女への敗北感」は社会から徹底して隠蔽されているのだ。

 

 

 エロ動画が作り出す興奮感はあまりに大きいので、気をつけないといけない。気づかないうちに、男の深層心理に大きな闇を生み出している可能性がある。

 


私が中高生だった頃は、エロ動画を見て、女の絶頂と自分の射精を見比べることはできなかった。しかし、今やスマホでエロ動画を簡単に見ることができる時代になった。現代の若い男性は、「女への敗北感」を中高生のうちから植え付けられるのであろうか? エロ動画の興奮に快感を求めるようになれば、「射精の快感がしょぼい」という自己認識は、いとも簡単に形成する。それは自己否定につながったり、「男にとって気持ちよくないセックスは面倒くさい」という感情につながる。なんで男ばかり女に奉仕しないといけないのか、というわけだ。これが私がセックスレスになった一因だ。

 


本当は、男はエロ動画を使わないでオナニーした方が良い。快感を高める方法を編み出していける。しかし、もはやエロ動画の氾濫は止められない。男はどんどん頭の興奮に快感を求めていくのだろうか。唯一の救いは、男の快感を取り上げたシリーズが生まれてきたことだ。オスガズム・シリーズには衝撃を受けた。真咲南朋監督には脱帽するばかりだ。このシリーズを知ったことは、私が無意識にドライオーガズムを試すきっかけになったのかもしれない。男にも快感を感じる力が存在することを世に知らしめた、素晴らしい作品だ(オナニーのおかずには使いにくいが)。男は、エロ動画の興奮にばかり快感を求めず、しっかり体に向かい合うべきなのだ。

 

決定版 感じない男 (ちくま文庫)

決定版 感じない男 (ちくま文庫)

 

 関連記事:

「感じない男」 射精の快感はしょぼい - 男の性行動を分析する

女が気づいていない、男の「女の快感」への劣等感 - 男の性行動を分析する